病院は混むので 先に診察券を出して受付を済ませてから しばらく外で本を読んで過ごしていました。
順番は、20番ですから。
どんなに医師が頑張っても 10時前には 呼ばれることはないですから。
そこの病院では 婦人科と産科に受付が別れています。
しかし、待合室は 同じ場所。
これから子宮の手術をする人も、子宮をなくしている人も、子供を失った人も、これから赤ちゃんを産む人も、同じ場所。
子どもが欲しい人も、欲しくない人も、中絶する人も、出産� �心待ちにしている人も、そうでない人も、狭い空間に押し込まれている。
ひとりで来た人、恋人や夫婦ふたりで来た人、お母さんと一緒に待っている若い女性も。
それぞれの思いが 交錯している待合室。
足の不自由な若い女の子が 銀色の補助器具をつけて婦人科の窓口までやって来た。
子供の肥満テレビ
お母さんと一緒に来た、まだ幼い姉妹は その様子に釘付け。
隣のソファーから 立ち上がって 下から上まで、じーっと穴があくほど眺めてる。
そして、お母さんに小声で何かを尋ねている。
これまで、幾度となくそういう視線にさらされてきたのか、少しうつむき加減でそれに耐えている。
姉妹はそれ以降も興味津々で 足の不自由な彼女から目が離せない。
ちょうど後ろに座ていた私からは 彼女の背骨がひどく湾曲しているのがわかった。
首もひどく 捻れている。
姉妹は「喉が渇いた!」とお母さんにせがんで、アンパンマンの葡萄ジュースをもらって飲み始めると、違う方に興味がうつり、女性からは気持ちも離れていっ た。
今度は、その女性が その姉妹を見つめている。
どんな思いが、そこにはあるのだろう・・・。
「アンパンマンの葡萄ジュース」で気持ちが切り替えられる 幼子が 羨ましい。
天使のような赤ちゃんは、純真無垢で 誰も傷つけようと思っていない。
この幼子たちも、人に視線を向けることが どんな意味があるのか、知らない。
アメリカの肥満の主な効果
ただ、ただ 「不思議なもの」に 心が奪われているだけ。
誰かを 悲しくさせているとは 夢にも思っていない。
私たち大人も、自分の存在が 誰かを苦しめ、萎えさせることがあることに気づかない。
(自分には当たり前にある)手や足、目や耳、乳房や卵巣、子宮が 今 ない方がいる。
身体だけではない。
父親を失った子供が、誰かの「お父さん!」という言葉を聞く度に 悲しく、切なくなることを 知る由もない。
がんなどの病気で 子宮を失った人達が、大きなお腹の女性のすがたや、赤ちゃんの声、母親に抱かれている姿や、喜びの声、話し声、子どもが歩く姿にも どれほど傷つくか、知らないだろう。
突然の病気で連れあいをなくした人が、手をつないで仲むつまじく歩いている夫婦を見る度に 身もだえするほど苦しくなると言った。
自分は、誰も傷つけていない、と思っても 私の言葉の中に 限りない絶望を読む人もいる。
ジョージ·ウィップル悪性貧血
ヨガの最後に私が言う「あなたを待っている 家族に感謝」という言葉・・・ 家族がいないひとりぼっちの人がクラスに来ていることを最近知った。
知らないところで、人を悲しませていた現実。
どんなに言葉を尽くしても、相手には伝わらないときもある。
しかし、きついようだけれど それは 本人の問題。
ただ、自分の存在、言葉、態度には 充分に留意して過ごすことが大切だ、と心にかけて人と接することを忘れてはいけないと思う。
仏教で、こんな言葉がある。
「茶碗はすでに割れていると思え」
いつかは茶碗は割れる運命にある。
それまでの間、あなたを楽しませてくれたことに感謝しましょう 。
われてしまった、なくしてしまったもうない・・・と、悲しむのではなく 今 あるうちに 充分にそれを愛おしんでいきましょう。
いつか別れの日が来ても、それを受け入れられるように、充分に大事にすることです。
命も同じ。
いつかは かならず 終わりが来る。
だから 今、命いっぱい 輝かせて 生きていきましょう。
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